ラリー・クラーク『タルサ』は1971年に何部出版されたか

飯沢耕太郎『Photographers』(作品社、1996)のラリー・クラークの章を読んでゐたら、こんなことが書いてあつた:

そんな時、少部数で自費出版され、写真家ラリー・クラークを一躍ヒッピー・カルチャーの旗手に祭りあげてしまったのが、彼の最初の写真集Tulsaだった。

※初出は deja-vu 11号(1993)
Larry ClarkのTulsaはLustrum Pressから発行されたのだけど、費用を自分で持つたとすると自費も間違ひではなからう。しかし、少部数とは何部なんだ。百万部に比べれば一万部は少部数で、百部に比べれば大部数だ。かう云ふ表現には苛々する。
他に誰か言つてゐないか探すと、美術手帖1996年8月号「特集ラリークラーク」中の生井英考の文章にあつた:

『タルサ』は彼の友人だったラルフ・ギブスンが設立したラストラム・プレス社から一九七一年に二千部足らずだけ出版されて評判をよんだが、(後略)

二千部足らずなら千五百部以上、二千部未満と思へばいいのか。
ところが、Photography between Covers(Light Impressions, 1979)にあるインタビューにおいて、クラークはHow many copies of Tulsa were printed ?といふ質問にかう答へてゐるのである:

There's a 10% law in California, which means they can be 10 % over or 10% under, so, of course, they're always 10% under, so there was 2700 copies, and that's all.

二千七百部、つまり二千部足らずではなくて「三千部足らず」なのだつた。
同じページでクラークは、出版の費用はDanny Seymourが出してくれたと言つてゐる。つまり『タルサ』と同時にラストラム・プレスから出版されたシーモアのA Loud Songと二冊分を出したと。同書中のラルフ・ギブソンのインタビューにも同じことが書いてある。友達が負担してくれたのも自費の一種なのか。